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岡山地方裁判所 昭和44年(行ウ)61号 判決

原告 小椋重男

被告 環境庁長官

訴訟代理人 岡崎耕三 加藤堅 南葉克己 ほか三名

主文

原告の国定公園指定処分の無効確認および取消を求める訴をいずれも却下する。

原告の国定公園内特別地域指定処分の無効確認および取消を求める請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者が求めた裁判

一  原告

(一)  主位的に、「昭和四四年四月一〇日、厚生大臣が自然公園法第一〇条第二項に基き、厚生省告示第九五号をもつて、岡山県苫田郡阿波村を氷ノ山、後山、那岐山国定公園に指定した処分、及び同法第一七条第一項に基き、同省告示第九六号をもつて、右阿波村内黒岩高原を特別地域に指定した処分がいずれも無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決。

(二)  予備的に、右掲記の各処分を取消す旨及び「訴訟費用は被告の負担とする。」との判決。

二  被告

(一)  本案前の裁判として、「本件訴をいずれも却下する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決。

(二)  本案について、「原告の請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決。

第二当事者の主張

一  被告の本案前の主張

自然公園法(以下単に「法」という)第一〇条第二項に基く国定公園の指定は、法所定の公園計画、事業の一環としての国定公園の区域を決定する行為に過ぎず、法一七条第一項に基く特別地域の指定も、右公園計画に基く特別地域を決定する行為に過ぎず、右各指定は、右各区域内の土地の所有者らの権利について具体的な制限を課するものでなく、法第一七条第三項に基く許可申請に対し、不許可処分がなされた場合にはじめて具体的に制限が課せられることになるのであるから、原告主張の特別地域内に原告が土地を所有していても、原告主張の国定公園、特別地域の各指定のみによつては、原告はその土地所有権に何ら具体的な制限を課せられたものではない。

右のとおりで、原告の権利に具体的な制限を課するものでない国定公園の指定、特別地域の指定の無効確認、もしくは取消を求める原告の本件訴は、訴の利益を欠きもしくは原告適格のない不適法な訴であるから、いずれも却下されるべきである

二  本案前の主張に対する原告の答弁

法第一〇条第二項、第一七条第一項に基いて、国定公園の指定、特別地域の指定がなされると、それだけで、指定された区域に含まれる土地の所有者は、法第一七条によつてその処分、使用収益について大幅な制約を受けることになる。

昭和四四年四月一〇日、厚生大臣が岡山県苫田郡阿波村を氷ノ山、後山、那岐山国定公園に指定(以下「本件国定公園指定」という)し、これを同日付官報に厚生省告示第九五号をもつて公示し、右阿波村内黒岩高原を特別地域に指定(以下「本件特別地域指定」という)し、これを同日付官報に厚生省告示第九六号をもつて公示したが、原告は本件特別地域内に別紙物件目録記載の土地(以下一括して「本件山林」という)を所有しており、本件山林にゴルフ場及びスキー場を開設することを計画していたけれども、右の各指定によつて、事実上右の計画を断念せざるを得なくなる等の制約を受けるに至つた。

右のとおり、原告は本件国定公園指定、本件特別地域指定によつて、事実上本件山林を自由に処分、使用収益することができなくなつたのであるから、右各指定処分の無効確認もしくは取消を求める法律上の利益を有する。

三  原告の請求原因

(一)  厚生大臣が本件国定公園指定、本件特別地域指定をなしたが、原告は本件特別地域の区域内に本件山林を所有しているので、昭和四四年四月二八日付書面で、厚生大臣に対して右各指定処分の取消を求める異議申立をなし、右書面は同月三〇日、厚生大臣に到達したが、これに対する裁決はなされていない。

(二)  法第一〇条に基く国立公園、国定公園の指定は、必然的に法第一七条に基く特別地域の指定、法第二三条に基く集団施設地区の指定を伴い、右各指定がなされると、法第一七条第三項、法第五〇条第一号によつて、指定された区域内の土地所有者等の権利について、その利用の制限等多くの制限が課せられることとなり、これに因つて、区域内の土地の所有者等は損害を被るにかかわらず、法は右の損害の補償について何も規定していない。したがつて法第一〇条、第一七条は正当な補償なくして私有財産を公共のために用いようとするものであつて、憲法第二九条第一項、第三項に違反するから、無効であり、無効な法に基いて原告所有の本件山林についてなされた本件各指定処分も無効である。

(三)  原告は、本件山林内にスキー場及びゴルフ場を開設する計画を有していたが、本件指定がなされたことによつて右計画を断念せざるを得なくなるなど、本件各指定がなされたことによつて、課せられた制限によつて、本件山林の自由な使用収益ができなくなり、これに因つて財産上の損害を被つているが、原告の右損害に対する補償の手続は何ら講じられていない。したがつて、仮に、法自体は違憲でないとしても、本件各指定処分は憲法第二九条第一項、第三項に違反するもので、無効もしくは取消されるべきものである。

(四)  よつて、原告は主位的に本件各指定処分の無効であることの確認を求め、予備的に本件各指定処分の取消を求める。

四  請求原因に対する被告の答弁

(一)  請求原因(一)の事実は認める。

(二)  同(二)、(三)の主張はいずれも争う。

(三)  法第一七条第一項によつて特別地域の指定がなされた場合、指定された区域内の土地について法第一七条第三項が適用される結果、同条項各号に定められた土地の利用については、土地所有者が県知事等に対する許可申請をなすことが義務付けられることになるけれども、右指定によつて直接に土地所有者の権利について、利用の制限が命じられるものではないし、右のとおり許可申請が義務付けられるといつても、この程度の制限は、法制定の目的に照らすと、土地所有者が公共の福祉のために当然受忍すべき限度内のものであるから、特別地域の指定がなされたに過ぎない場合には、損失補償の観念を容れる余地はない。したがつて、特別地域の指定によつて制限について損失補償の規定がなくても憲法第二九条第一項、第三項に違反することにはならない。

法第一七条第三項による許可申請が不許可となつた場合には、土地利用の制限が具体化されるが、この場合については法第三五条によりその損失補償が規定されている。

仮に、特別地域の指定による土地利用の制限について損失補償すべきであるとすれば、法第三条の規定の趣旨から考えて、指定された区域内の土地の所有者は憲法第二九条第一項、第三項に基いて直接補償の請求ができると解されるから、法に補償についての規定がなくても、憲法第二九条第一項、第三項に違反するものではない。

(四)  原告は法の規定に基く本件各指定によつて、その所有の本件山林の利用について、単に法第一七条第三項に定める許可申請が義務付けられたに過ぎず、本件各指定によつて何ら財産権を侵害されたり、本件山林を公共のために用いられたりはしていないのであるから、原告主張の損害は、損失補償を請求し得べき損害に該当せず、かつ原告には、損失補償を請求し得べき損害は発生していない。

第三証拠関係〈省略〉

理由

一  昭和四四年四月一〇日、厚生大臣が法(昭和四六年法律第八八号環境庁設置法附則第二〇条による改正前のもの)第一〇条第二項に基いて本件国定公園指定をし、これを同日付官報に厚生省告示第九五号をもつて公示し、法第一七条第一項に基い一て本件特別地域指定をし、これを同日付官報に厚生省告示第九六号をもつて公示したこと、原告が本件国定公園指定、本件特別地域指定がなされた当時から、本件特別地域の区域内に在る別紙物件目録記載の土地(本件山林)を所有していること、原告が昭和四四年四月二八日付書面で厚生大臣に対して、本件国定公園指定、本件特別地域指定の取消を求める異議申立をし、右書面が同月三〇日に厚生大臣に到達したが、これに対する裁決がなされていないことは、いずれも当事者間に争いがない。

昭和四六年法律第八八号環境庁設置法附則第二〇条による法の改正によつて、改正前の法において厚生大臣の権限とされていた事項が環境庁長官の権限とされたことは、明らかである。

二  被告の本案前の主張について

(一)  原告は、国定公園の指定がなされると、それだけで、公園の区域内の土地については、その処分、使用収益について大幅な制約を受け、自由に処分、使用収益することができなくなるから、区域内の土地の所有者には指定処分の無効の確認もしくは取消を求める法律上の利益があると主張する。

しかしながら、国定公園に指定された区域のうち、特別地域および海中公園地区に含まれない区域(法上普通地域といわれる。)については、法第二〇条第一項が、区域内において同項所定の行為(概していえば、自然の風景に変化を生じさせると考えられる行為)をしようとする者は、都道府県知事に対し、総理府令で定めるところ(白然公園法施行規則(以下単に「規則」という)第一三条の三第一、二項)により、行為の種類、場所、施行方法及び着手予定日、その他総理府令で定める事項(規則第一三条の三第三項)を届出なければならない旨、同条第二項が、都道府県知事は、当該公園の風景を保護するために必要があると認めるときは、前項の届出を要する行為をしようとする者又はした者に対して、その風景を保護するために必要な限度において、当該行為を禁止し、若しくは制限し、又は必要な措置をとるべき旨を命じることができる旨、および同条第三、四項が、都道府県知事が同条第二項の処分をなすべき期間について、同条第五、六項が同条第一項の届出をした者が、届出をした行為に着手できる時期について、法第二二条第一、二項が、法第二〇条第二項によつて都道府県知事が処分をした場合に、処分の相手方に対して、その実施状況等について報告を求めることができる冒、および職員をして処分の実施状況等について調査をさせることができる旨、法第五一条が法第二〇条第二項に基く処分に違反した者に対する罰、法第五二条第一ないし第四号が法第二〇条第一項、第五項、法第二二条第一項、第二項の違反についての罰を、それぞれ規定しているが、右のほかには普通地域内の土地の処分、使用収益について、国定公園の指定に基いて制約を課した規定はない。

してみると、国定公園の指定自体によつて(特別地域の指定を受けることを除く)、その区域内に在る土地の所有者が受ける制約は、当該土地について法第二〇条第一項所定の行為をしようとする場合には、都道府県知事に対して同項所定の届出をしなければならない義務を負うこと、右の届出をした場合、同条第五、六項に定める期間(原則として届出をしてから三〇日間)届出をした行為に著手してはならない義務を負うこと、右の各義務の違反について罰則(五万円以下の罰金)があることのみであり、右の制約は法律上の制約でありかつ罰則を伴う制約ではあるが、国定公園の区域内に在る土地の所有者に対して、国定公園の指定によつて直ちに具体的な義務を課するものではなく、区域内において法第二〇条第一項所定の行為をしようとする場合およびする場合にはじめてその者に具体的な義務を課するに過ぎず(前記の国定公園の普通地域について課せられる制約のうち、法第二〇条第二項に基く都道府県知事の処分によつて課せられる制約は、国定公園の指定自体によつて課せられる制約といえないことは明らかである)、右のような程度のしかも具体化されていない未必的な義務を生じさせるに過ぎない国定公園の指定自体は、その区域内の土地の所有者に対して、指定処分の適法、違法を訴訟の対象とするに値する法律上の不利益を与えるものとはいえないと解するのが相当であり、原告の前記の主張は採用できない。

したがつて、本件山林の所有者であることのみに基いて、本件国定公園指定処分の無効確認もしくはその取消を求める原告の訴は、訴の利益を欠くもので、不適法であるといわなければならない。

(二)  被告は、法第一七条第一項に基く特別地域の指定は、特別地域の区域を決定するに過ぎず、その区域内の土地の所有者らの権利について具体的な制限を課するものではないから、原告の本件特別地域指定処分の無効確認もしくは取消を求める訴も、訴の利益もしくは原告適格を欠くもので、不適法であると主張する。

しかしながら、法第一七条第三項は、同条第一項に基いて指定された国定公園内の特別地域内においては、同条第三項所定の行為(その殆んどは、土地の使用収益に関する行為である)は都道府県知事の許可を受けなければしてはならない旨規定しているから、特別地域の指定自体によつて、当該地域内に在る土地の所有者は、その所有地の使用収益に関する法第一七条第三項所定の行為の具体的不作為義務を課せられることになるものということができる。被告は、特別地域の指定自体によつて具体的な制限を課するのではなく、法第一七条第三項に基く許可申請に対し不許可処分がなされた場合にはじめて具体的に制限が課せられたことになると主張するが、右の許可申請に対して許可処分がなされた場合には、特別地域の指定によつて課せられていた具体的な不作為義務が解除されるのであり、他方、右の許可申請に対する不許可処分は、既に課せられている具体的不作為義務の解除の申立を棄却するに過ぎず、これによつてはじめて具体的な不作為義務を課するのではないと解すべきである。

してみると、特別地域の指定自体によつて、その区域内に在る土地の所有者は、その所有地の使用収益に関する法第一七条第三項所定の行為の不作為義務を課せられることによつて、指定処分の適法、違法を訴訟の対象とするに値する法律上の不利益を受けるものというべきである。

したがつて、本件山林の所有者であることに基いて、本件特別地域指定処分の無効確認もしくはその取消を求める原告の訴(無効確認、取消を求める範囲が本件山林に限られるべきことは当然であり、原告の本件訴も右の限度で無効確認、取消を求める趣旨と解される)は適法であるということができ、被告の前記の主張は採用できない。

三  本件特別地域指定処分の無効確認もしくは取消を求める請求について

(一)  法第一条、第二条第三号、第一〇条第二項、第一七条第一項の各規定によれば、法第一七条第一項に基く国定公園の特別地域の指定によつて、当該特別地域の区域内に在る私有地は、憲法第二九条第三項にいう「公共のために用いる」こととされるものということができる。

(二)  法第一七条第一項に基く特別地域の指定によつて、その区域内に在る土地の所有者が、右土地の使用収益に関して具体的不作為義務を課せられることは前記のとおりであるが、土地の所有権自体を喪失するのでないのは勿論土地の法律的処分(所有権の譲渡、担保権、使用収益権の設定等)の権限を制限されるのでもなく、法第一七条第三項所定の土地の使用収益に関する事実行為を行うことを禁止される(不作為義務を課せられる)に過ぎず、しかも右の禁止は、同項に基く許可申請に対する許可処分によつて解除される可能性があるから、終局的、確定的なものではない。したがつて、特別地域の指定自体によつて、その区域内に在る土地の所有者が右土地について被る損失額を算定することは、むしろ不可能ないしは困難であるということができる。しかしながら、右土地所有者の法第一七条第三項に基く許可申請に対して、不許可処分をし、または法第一九条に基き許可処分に条件を附した場合には、右土地所有者が行おうと欲しながら行うことができない右土地の使用収益万法の具体的内容が明らかとなり、右の使用収益が一できないことに因つて右土地所有者が右土地について被る損失額を具体的に算定することが可能かつ容易になるものと考えられるところ、法第三五条は右の場合において、許可を受けられないため、または許可に条件を附せられたために損失を受けた者に対して、損失の補償をすることを定めている。

(三)  右に(二)述べたところからすれば、法が特別地域の指定に基いて、直ちにその区域内に在る私有地の所有者に対する損失の補償を行うことを定めず、法第三五条によつて、法第一七条第三項に基く許可申請に対して不許可処分、条件附許可処分をした場合に損失の補償を行うことを定めたことは、憲法第二九条第一項、第三項に違反しないのみでなく、むしろ同条第三項が「正当な補償」をなすべきことを定めている趣旨に沿う合理的な補償手続を定めたものであるということができる。したがつて、法が特別地域の指定に基いて、直ちにその区域内に在る私有地の所有者に対する補償をなすことを定めていないことが、憲法第二九条第一項、第三項に違反するという原告の主張は失当であつて、採用できない。

(四)  してみると、右の法が憲法に違反するとの主張およびこれと同趣旨に帰する主張の外には、本件特別地域指定処分の違法事由の主張がない以上、本件特別地域指定処分の無効確認もしくは取消を求める原告の請求は、いずれも理由がないものといわなければならない。

四  結論

以上のとおりであるから、原告の本件国定公園指定処分の無効確認および取消を求める訴をいずれも却下し、本件特別地域指定処分の無効確認および取消を求める請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 寺井忠 竹原俊一 前田博之)

物件目録

一 岡山県苫田郡阿波村字ヌタノ尾二、八一六番二

保安林 六一八、八四二平方メートル

二 同所同番三

保安林 九八八、一〇五平方メートル

以上

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